つてしまつた。「おい、皆、わけも分らないで引つ張られてゆくのは反對だ。なアツ! 一つ訊くんだ。」
「んだ、んだ!」皆それに賛成した。
 鈴本は渡だけに眼をつけてゐた。何時でもかういふ時には、彈んだバネのやうに、一緒にはぢけ上る渡が、棒杭のやうにつツ立つてゐる。――警官は小さい齋藤のまはりをぐるりと取卷いてしまつた。外の組合員は、警官の肩と肩の間に自分の肩を楔形に割り込ませやうとした。その身體と身體のモミ合ひが、そこに小さい渦卷きを起した。
「馬鹿野郎、理由を云れ!」
「行けば分る。」――こゝでも、これだ。
「行けば分るで、一々臭え處さ引張られて行《え》つてたまるか。」
「人權蹂躙だ!」後からも叫んだ。
 ××の一人が齋藤をなぐりつけたらしかつた。人の輪が急に大きく搖れた。握りこぶしを固めた組合員が輪の外から、それを乘り越さうと、あせつた。それで急に騷ぎが大きくなつた。
「貴樣等は!……貴樣等はな!」口を何かで抑へられて無理に出してゐる齋藤の聲が、切れ、切れに聞えた。――「貴樣等が、いくらこつたら事したつて、この運動が………な、無くなるとでも……畜生、無くなるとでも思つてるのか! 糞ツ!
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