幸子は寢床に走り入ると、うつ伏せになつて、そのまゝ枕に顏をあてゝ泣き出した。幸子は泣きながら、急に父を連れて行つたよその人[#「よその人」に傍点]が憎くなつた。「憎いのはあいつ等だ、あいつ等だ。」と思つた。さう思ふと、なほ悲しくて泣けた。幸子は恐ろしさに顫えながら、今度も[#「今度も」はママ]「お父さん」「お父さん」と、父を叫びながら、心一杯に泣いた。

         二

 空氣が空間を充たしてゐるそのまゝの形で、青白く凍えてしまつてゐるやうだつた。何の音もしないし、人影もなかつた。――夜が更けてゐた。ヂリ/\と寒氣が骨まで透みこんでくる。午前三時だつた。
 カリ/\に雪が凍つてゐる道に、五六人の足音が急に起つた。それは薄暗い小路からだつた。靜まりかへつてゐる街に、その足音が案外高く響きかへつた。電柱に裸の電燈がともつてゐる少し廣い道に、足音が出てきた。――顎紐をかけた警官だつた。サアベルの音がしないやうに、片手でそれを握つてゐた。
 ドカ/\ツと、靴のまゝ(!)警官が合同勞働組合の二階に、一齊にかけ上つた。
 組合員は一時間程前に寢たばかりだつた。十五日は反動的なサアベル内閣の
前へ 次へ
全99ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング