れる前に、それ/″\の取調べに當つた司法主任や特高は自腹(?)を切つて、皆に丼や壽司などを取り寄せて御馳走した。自分も一緒に食ひながら、急に、接木をしたやうな親しみを皆に見せた。
「とにかくさ、」――話のついでに(ついでに?)輕くはさんだ。「とにかく、こゝで取調べられた時に云つた通りの事を云へばいゝのさ。話がちがつたりすると、結局君等の不眞面目な態度が問題になつて、不利だからなあ……。」
 そして世間話をしながら、又何氣ない調子で、その同じ事を繰り返した。
「こんなに奢つていゝのか。」意味をちアんと知つてゐる渡や工藤や鈴本はひやかした。
「分つた。分つた。何も云はない。その通りさ。」笑談半分に何度もうなづいて見せた。
 初めての齋藤や石田は、變な顏をして御馳走をうけた。變だなあ、さうは思ふが、それが特高や主任の「手」であることは分らなかつた。彼等は、自分達の手で作りあげた取調書が豫審でガラリと覆へるやうなことがあると「首」が危くなつたり、「覺え」が目出度なくなり、昇進や出世に大きく關係したからだつた。その事情をすつかりつかんでゐる渡などは逆に利用して、札幌へ行く途中、付添の特高にねだつて、停車場で辨當や饅頭を買つてもらつた。
「可哀相に、あまりせびる[#「せびる」に傍点]なよ。」特高の方で、そんな風に云ひ出すやうになつた。
 四月××日迄には××警察に抑留されてゐた全部が札幌へ護送されて行つてしまつた。急に署内がガランとした。壁の樂書だけが、人の居ない室に目立つた。皆を入れて置いた壁には申し合せたやうに、次の文句が殆んどちがひなく、入念に刻みこまれてゐた。

[#ここから3字下げ]
××××××××××
××× ××!

××××××××せよ
×××××××。

一九二八、三、一五!
田中反動内閣×××!

××× ××
勞働農民黨 萬歳
萬國の勞働者 團結せよ

××××を覺えてろ。
××××を忘れるな
勞働者と農民××××××!
××××× ××!
[#ここで字下げ終わり]
[#地から11字上げ](完)
[#地から3字上げ]――(一九二八・八・一七)――



底本:一〜四「戰旗 昭和三年十一月号」全日本無産者藝術聯盟本部
   1928(昭和3)年11月1日発行
   五〜九「戰旗 昭和三年十二月号」全日本無産者藝術聯盟本部
   1928(昭和3)年12月1日発行
初出:一〜四「戰旗 昭和三年十一月号」全日本無産者藝術聯盟本部
   1928(昭和3)年11月1日発行
   五〜九「戰旗 昭和三年十二月号」全日本無産者藝術聯盟本部
   1928(昭和3)年12月1日発行
※「戰旗 昭和三年十二月号」における表題は、「一九二八年三月一五日」です。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※注記については、「一九二八年三月十五日・東倶知安行」新日本出版社(1994(平成6)年11月30日初版)を参照し、最小限にとどめました。
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2008年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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