してゐるのを感じた。さうなれば、然しもう「どうとも勝手」だつた。意識がさういふ風に變調を來してくれば、それは××に對しては魔醉劑のやうな効果を持つからだつた。
主任が警察で作つた×××の系圖を出して、「もう、こんなになつてるんだ。」と云つて、彼の表情を讀もふとした。
「ホウ、偉いもんだ。成る程――。」醉拂つたやうに云つた。
「おい、さう感心して貰つても困るんだ。」
係はもう殆んど手を燒きつくしてゐた。
終ひに、皆は滅茶苦茶に×××たり、下に金の打つてある靴で蹴つたりした。それを一時間も續け樣に續けた。渡の身體は芋俵のやうに好き勝手に轉がされた。彼の××「××」××××。そして時×××××××××が終つて、渡は監房の中へ豚の臟物のやうに放りこまれた。彼は次の朝まで、そのまゝ動けずにうなつてゐた。
續けて工藤が取調べられた。
工藤は割合に素直な調子で取調べに應じた。さういふ事では空元氣を出さなかつた。色々その場、その場で方法を伸縮さして、うまく適應するやうに自分をコントロールしてゆくことが出來た。
工藤に對する××は大體渡に對するのと同じだつた。たゞ、彼がいきなり飛び上つたのは、彼を素足のまゝ立たして置いて、(以下七行削除)彼は終ひにへな/\に坐り込んでしまつた。
それが終ると、兩手の掌を上に向けて、テーブルの上に置かせ、力一杯×××××××××××。それからよくやる、指に××を×××××××。――これ等を續け樣にやると、その代り/″\にくる強烈な刺戟で神經が極度の疲勞におち入つて、一時的な「痴呆状態」(!)になつてしまう。彈が[#「彈が」はママ]もどつて、ものにたえ性がなく、うかつな「どうでもいゝ」氣持になつてしまふ。そこをつかまへて、××は都合のいゝ××をさせるのだつた。
そのすぐ後で取調べられた鈴本の場合なども、同じ手だつた。彼は或る意味で云へば、もつと××××をうけた。彼はなぐられも、蹴られもしなかつたが、たゞ八回も(八回も!)×××に×××××××事だつた。初めから終りまで××醫が(!)(以下四行削除)八回目には鈴本はすつかり醉拂ひ切つた人のやうにフラ、フラになつてゐた。彼は自分の頭があるのか、無いのかしびれ切つて分らなかつた。たゞ主任も特高も××係の巡査も、室も器具も、表現派のやうに解體したり、構成されて映つた。さういふ朦朧とした意識のまゝ、丁度大人に[#「大人に」は底本では「大人の」]肩をフンづかまれて、ゆすぶられる子供のやうに、取調べを進められた。鈴本は、これは危いぞ、と思つた。が、自分が一つ一つの取調べにどう答へてゐるか、自分で分らなかつた。
佐多が入れられた留置場には色々なことで引張られてきてゐる四五人がゐた。それは留置場の一番端しの並びにあつて、取調室がすこし離れてその斜め前にあつた。
彼は警察につれて來られたとき、自分達は偉大な歴史的使命を眞に勇敢にやろうとしてゐたゝめに、かうされるのだ、と繰り返し、繰り返し思つて、自分に納得を與へやうとした。然し彼の氣持はそれとはまるつきり逆に心から參つてしまつてゐた。そして留置場に入つたとき、彼は自分の一生が取返しがつかなく暗くなつた、と思つた。崖の方へ突進してゆく自動車を、もうどうにも運轉出來ず、アツと思つて、手で顏を覆ふ、その瞬間に似た氣持を感じた。その殆んど絶對的な氣持の前には、彼が今迄讀んだレーニンもマルクスも無かつた。「取りかへしがつかない、取りかへしがつかない。」それだけが昆布卷きのやうに、彼の全部を幾重にも包んでしまつた。
それに、この塵芥《ごみ》箱の中そのまゝの留置場は、彼のその絶望的な氣持を二乘にも、三乘にも暗くした。室は晝も晩も、それにけぢめなく始終薄暗く、何處かジメ/\して、雜巾切れのやうな疊が中央に二枚敷かつてゐた。が、それを引き起したら、その下から蛆や蟲や腐つてムレたゴミなどがウジヨ/\出る感じだつた。空氣が動かずムンとして便所臭い匂が[#「匂が」は底本では「匂か」]してゐた。吸へば滓でも殘りさうな、胸のむかつく、腐つた溝水のやうな空氣だつた。
彼は銀行に勤めてゐる關係上、何時も裏からではあつたが、眞に革命的な理論をつかんで、皆と同じやうに實踐に參加してゐたが、その色々な環境と[#「環境と」は底本では「還境と」]生活からくる膚合ひから云つて、低い生活水準にゐる勞働者とはやつぱりちがはざるを得なかつた。普段はそれが分らずにゐた。勿論彼さへ務めてゐれば、それからくる事はちつとも運動の邪魔にならなかつた。――留置場の空氣が、二日も經たないうちに、その上品な彼の身體にグツとこたえてきた。彼は時々胸が惡くなつて、ゲエ、ゲエといつた。然し吐くのでもなかつた。自家《うち》にゐれば、毎朝行くことになつてゐる便所にも行かなくなつた。粗
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