やうに赤くなつて、背のびをしながら怒鳴つたが、ちつとも効めがなかつた。一緒にされた十四五人は皆何時も顏を合せ、第一線に立つて鬪爭してきたものばかりだつた。
 彼等は、それ/″\自分の相手に、興奮してこの不法行爲に就いて、大聲で議論をし合つた。そして彼等は、皆が一緒になつたといふ事から、それに恃んで[#「恃んで」は底本では「侍んで」]、無茶苦茶な亂暴をしたい衝動にかられた。
 齋藤は、いきなり身體をマリのやうに縮めると、ものも云はずに、板壁に身體全部で打ち當つて行つた。唇をギユツとかんで、顏を眞赤にして力みながら、鬪牛のやうに首を少しまげて、それを繰り返した。
「チエツ!」
 駄目だと[#「駄目だと」は底本では「駄日だと」]分ると、今度は馬のやうに後足で蹴り出した。皆も眞似をして、てんでに、板壁をたゝいたり、蹴つたりした。石田は(彼だけ)腕ぐみをして、時々獨言を漏らしながら、室の中央を歩いてゐた。
 又扉が開いた。然し今度は鈴本と渡が呼び出されて行つた。「どうしたんだ。」――皆は頭株の二人がゐなくなると、變に氣拔けしてきた。そして壁をたゝくものが、一人やめ、二人やめ、だん/\やめてしまつた。
 石田は、壁の隅ツこに兩足を投げ出したまゝ眼をつぶつてゐる龍吉に、氣付いた。彼は、小川さんも! と思ふと今度の事はとてつもなく大變な事である氣がした。と、同時に、その親しさから、何處か頼りある氣持になつた。
「小川さん。」石田は寄つて行つた。
 龍吉は顏をあげた。
「今度のは何んです。」
「ウン、俺にも分らないんだよ。今、渡君にでも聞かうと思つてたんだ。」
「今日やる倒閣。」
「さうかとも思つてるんだ――が。さうなら今日一日でいゝわけだ――が……。」
 皆が二人を取卷いてきた。何等理由もきかせず、犬の子か猫の子を處置するやうに、引張つてきて、ブチ込んだことに對して奮慨した。龍吉もそれはさうだつた。
「ねえ、法律にはかう決めてあるんだよ。日出前、日沒後に於ては、生命とか身體とか財産に對して、危害切迫せりと認むる時だ。又はさ、博奕、密淫賣の現行ありと認むる時でなかつたら、そこに住んでゐる人の意に反してだ――どうだ、いゝか――現居住者の意に反して、邸宅に入ることを得ず、ツてあるんだ。それを何んだ、夜中の寢込みを襲つて! それに理由も云はずに檢束するなんて! ××はこんな事をする處だよ。」
 勞働者達は一心に聞いてゐた。そして、畜生、野郎、と叫んで、足ぶみをした。
 龍吉は興奮してゐた。「所が、どうだ、憲法にはかうあるんだ、憲法にだぜ。――日本臣民は、だ、法律によるに非ずして逮捕、監禁、審問、處罰を受くることなし。俺達は、ところがどうだ。ちアんと正式の法律の手續をふんで、一度だつて、その逮捕、監禁、審問を受けたことがあつたとでも云ふのか。――このゴマカシと嘘八百!」
 かう云はれて、皆は今の場合――現實に、その××な仕打のワナにかゝつて、身もだえをしてゐる場合、それ等のことがムシ齒の神經に直接に觸はられるやうに、全身にこたえて行つた。
「おい、そこの扉を皆でブチ割つて、理由を聞きに行かうぢやないか。」
「やらう!」他の者も興奮して、それに同意した。「ひでえ騷ぎ、たゝき起してやるべえ!」
「駄目、駄目。」龍吉が頭を振つた。
「どうしてだい?」齋藤は組合などでもよくする癖で、肩でつツかゝるやうに龍吉に向つて行つた。
「かう入つてしまへば、何をしたつて無駄さ。逆に、かへつてひでえ目に會ふが落さ。――萬事、俺達の運動は、外で[#「外で」に傍点]、大衆の支持[#「大衆の支持」に傍点]で! 五人、十人の偉さうな亂暴と狂燥は何んにもならないんだ。俺達が夢にでも忘れてはならない原則にもどるよ[#「もどるよ」はママ]。」
「そ、そんなことで、ぢつとしてられるか! それこそ偉さうな理窟だ、理窟だ!」
 石田は側で、相變らずだなア、と思つた。巡査が四人入つてきた。
 皆はギヨツとして、そのまゝの恰好に、ぢいツとしてゐた。顏一面ザラ/\したひげの、背の低い、がつしりした身體つきの巡査が、留置場の中をグル/\見廻はしてから、
「貴樣等、こゝは警察だ位のことは分つてるんだらうな。何んだこのやかましさは!」
 一人々々の肩をグイ/\と押しのめした。齋藤の處へ來たとき、彼はひよいと肩を引いた。はづみを食らつて、巡査の手と身體が調子よく前にヨロ/\と泳いだ。と、巡査は「この野郎!」と無氣味な聲で云ふと、いきなり、齋藤の身體に自分の身體をすり寄せた。齋藤の身體は空に半圓を描いて、龍吉の横の羽目板に「ズスン」と鈍い音をたてて、投げつけられてゐた。
 巡査はせわしく肩で息をして、少しかすれた聲で「皆、覺えておけ。少しでも騷いだりすると覺悟が要るんだぞ!」と云つた。
 後から入つてきた巡査
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