」
勞働者達は一心に聞いてゐた。そして、畜生、野郎、と叫んで、足ぶみをした。
龍吉は興奮してゐた。「所が、どうだ、憲法にはかうあるんだ、憲法にだぜ。――日本臣民は、だ、法律によるに非ずして逮捕、監禁、審問、處罰を受くることなし。俺達は、ところがどうだ。ちアんと正式の法律の手續をふんで、一度だつて、その逮捕、監禁、審問を受けたことがあつたとでも云ふのか。――このゴマカシと嘘八百!」
かう云はれて、皆は今の場合――現實に、その××な仕打のワナにかゝつて、身もだえをしてゐる場合、それ等のことがムシ齒の神經に直接に觸はられるやうに、全身にこたえて行つた。
「おい、そこの扉を皆でブチ割つて、理由を聞きに行かうぢやないか。」
「やらう!」他の者も興奮して、それに同意した。「ひでえ騷ぎ、たゝき起してやるべえ!」
「駄目、駄目。」龍吉が頭を振つた。
「どうしてだい?」齋藤は組合などでもよくする癖で、肩でつツかゝるやうに龍吉に向つて行つた。
「かう入つてしまへば、何をしたつて無駄さ。逆に、かへつてひでえ目に會ふが落さ。――萬事、俺達の運動は、外で[#「外で」に傍点]、大衆の支持[#「大衆の支持」に傍点]で! 五人、十人の偉さうな亂暴と狂燥は何んにもならないんだ。俺達が夢にでも忘れてはならない原則にもどるよ[#「もどるよ」はママ]。」
「そ、そんなことで、ぢつとしてられるか! それこそ偉さうな理窟だ、理窟だ!」
石田は側で、相變らずだなア、と思つた。巡査が四人入つてきた。
皆はギヨツとして、そのまゝの恰好に、ぢいツとしてゐた。顏一面ザラ/\したひげの、背の低い、がつしりした身體つきの巡査が、留置場の中をグル/\見廻はしてから、
「貴樣等、こゝは警察だ位のことは分つてるんだらうな。何んだこのやかましさは!」
一人々々の肩をグイ/\と押しのめした。齋藤の處へ來たとき、彼はひよいと肩を引いた。はづみを食らつて、巡査の手と身體が調子よく前にヨロ/\と泳いだ。と、巡査は「この野郎!」と無氣味な聲で云ふと、いきなり、齋藤の身體に自分の身體をすり寄せた。齋藤の身體は空に半圓を描いて、龍吉の横の羽目板に「ズスン」と鈍い音をたてて、投げつけられてゐた。
巡査はせわしく肩で息をして、少しかすれた聲で「皆、覺えておけ。少しでも騷いだりすると覺悟が要るんだぞ!」と云つた。
後から入つてきた巡査
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