ると、
「ぢや、行つといで。」と云つた。
「ウム。」
「今度は何んだの。當てがある?」
彼は默つてゐた。が、
「どうだ、やつて行けるか。長くなるかも知れないど。」
「後?――大丈夫。」
お由は何時もの明るい、元氣のいゝ調子で云つた。
漠然ではあるが、何のことか分つてゐる一番上の子供が、
「お父《どう》、行《え》つてお出《え》で。」と云つた。
「こんな家へくると、とてもたまつたもんでない。」警官が驚いた。「まるで當り前のことみたいに、一家そろつて行つてお出で、だと!」
「こんな事で一々泣いたり、ほえたりしてゐた日にや、俺達の運動なんか出來るもんでないよ。」
工藤は暗い、ジメ/\さを取り除くために、毒ツぽく云ひ返した。
「この野郎、要らねえ事をしやべると、たゝきのめすぞ。」
警官が變に息をはづませて、どなつた。
彼は妻に何か云ひ殘して行きたいと思つた。然し口の重い彼は、どう云つていゝか一寸分らなかつた。妻が又苦勞するのか、と思ふと、(勿論それは自分の妻だけではないが、)膝のあたりから、妙に力が拔ける感じがした。
「本當、どうにかやつて行けるから。」
お由は夫の顏を見て、もう一度さう云つた。夫はだまつて、うなづいた。
戸がしまつた。お由は皆の外を行く足音を、しばらく立つてきいてゐた。
自分達の社會が來る迄、こんな事[#「こんな事」に傍点]が何百遍あつたとしても、足りない事をお由は知つてゐた。さういふ社會を來させるために、自分達は次に來る者達の「踏臺」になつて、××××にならなければならないかも知れない。蟻の大軍が移住をする時、前方に渡らなければならない河があると、先頭の方の蟻がドシ/\川に入つて、重り合つて溺死し後から來る者をその自分達の屍を橋に渡してやる、といふことを聞いた事があつた。その先頭の蟻こそ自分達でなければならない、組合の若い人達がよくその話をした。そしてそれこそ必要なことだつた。
「まだ、まだねえ!」
さうお由がお惠に云つた。
お惠は半ば[#「半ば」は底本では「半ぱ」]暗い顏をしながら、然し興奮してお由にうなづいてみせた。
四
今度の檢擧が案外廣い範圍に渡つてゐることをお惠はお由から知らされた。××鐵工場の職工が仕事場から、ナツパ服のまゝ連れて行かれたり、濱の自由勞働者や倉庫の勞働者が毎日五人、十人と取調べに引か
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