といひて行く間に、石津といふ所の松原おもしろくて濱邊遠し。又住吉のわたりを漕ぎ行く。ある人の詠める歌、
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「今見てぞ身をば知りぬる住のえの松よりさきにわれは經にけり」。
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こゝにむかしつ人の母、一日片時も忘れねばよめる、
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「住の江に船さしよせよわすれ草しるしありやとつみて行くべく」
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となむ。うつたへに忘れなむとにはあらで、戀しき心ちしばしやすめて又も戀ふる力にせむとなるべし。かくいひて眺めつゞくるあひだに、ゆくりなく風吹きてこげどもこげどもしりへしぞきにしぞきてほとほとしくうちはめつべし。※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取のいはく「この住吉の明神は例の神ぞかし。ほしきものぞおはすらむ」とは今めくものか。さて「幣をたてまつり給へ」といふにしたがひてぬさたいまつる。かくたいまつれどももはら風やまで、いや吹きにいや立ちに風浪の危ふければ※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取又いはく「幣には御心のいかねば御船も行かぬなり。猶うれしと思ひたぶべき物たいまつりたべ」といふ。又いふに從ひ
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