書きて出せる歌、
[#ここから1字下げ]
「おぼつかなけふは子の日かあまならば海松をだに引かましものを」
[#ここで字下げ終わり]
とぞいへる。海にて子の日の歌にてはいかゞあらむ。又ある人のよめるうた、
[#ここから1字下げ]
「けふなれど若菜もつまず春日野のわがこぎわたる浦になければ」。
[#ここで字下げ終わり]
かくいひつゝ漕ぎ行く。おもしろき所に船を寄せて「こゝやいづこ」と問ひければ、「土佐のとまり」とぞいひける。昔土佐といひける所に住みける女、この船にまじれりけり。そがいひけらく、「昔しばしありし所の名たぐひにぞあなる。あはれ」といひてよめる歌、
[#ここから1字下げ]
「年ごろをすみし所の名にしおへばきよる浪をもあはれとぞ見る」。
[#ここで字下げ終わり]
三十日、雨風ふかず。海賊は夜ありきせざなりと聞きて、夜中ばかりに船を出して阿波のみとを渡る。夜中なれば西ひんがしも見えず、男女辛く神佛を祈りてこのみとを渡りぬ。寅卯の時ばかりに、ぬ島といふ所を過ぎてたな川といふ所を渡る。からく急ぎて和泉の灘といふ所に至りぬ。今日海に浪に似たる物なし。神佛の惠蒙ぶれるに似たり。けふ船に乘りし
前へ 次へ
全30ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
紀 貫之 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング