えて大声を出して笑った。怪量を取り調べていた役人は同僚と何か相談した。そして、向き直って怪量を睨みつけた。
「売僧、そのような無稽《むけい》な申し立て、此処では通らぬぞ、察するにその方、僧侶の身にあるまじき殺生《せっしょう》を犯した故、死者の妄執《もうしゅう》晴れやらず、それへ止《とど》まっておるに相違あるまい、処《ところ》の法に照らして所刑《しおき》する」
「いや待たれい」
その時まで控席に黙々としていた年老いた役人が進み出た。
「まだ御詮議《ごせんぎ》不充分と見受け申す、一応、首を改めて見ましょうぞ」
老役人は下役人に云いつけて、衣ごと首を手元へ取り寄せて見守っていたが、やがて驚いたように顔をあげた。
「これこそ、まごう方《かた》なき轆轤首、南方異物志《なんぽういぶつし》に、轆轤首の項《うなじ》には赤い文字が見られるとあるが、御覧なされい、これこの通りじゃ、また、離れ口が木の葉の自然と枝から離れたるがごとき模様といい、それに甲斐《かい》の国には、昔から轆轤首がおると申すから、まさしくこれは轆轤首、それなる御僧《ごそう》の申し立ては、いつわりではござらぬぞ」
役人達は、顔を見合わせた。老役人は怪量の方へ膝を進めた。
「旅の御僧、もはやそなたへの疑いは晴れ申したが、さるにても、斯様《かよう》は怪物を見事に御退治めされたとは、尋常《よのつね》の出家ではござるまい、お差しつかえなくば、俗名《ぞくみょう》をうけたまわりたい」
怪量は微笑した。
「疑いが晴れて何よりでござる、お訊《たず》ねを受けて名乗る程の者でもござらぬが、いかにも以前は弓矢取る身、九州菊池の一党にて、磯貝平太左衛門武行が成れの果《は》てでござりますわい」
「なに、磯貝平太殿」
役人達は顔色をかえた。鎮西《ちんぜい》の剛の者磯貝平太の名は、この地まで聞えていたのであった。
役人達は慌《あわて》て白洲へ飛び降りて、怪量の縛《いまし》めを解いて無礼を詫びた。
二
やがて怪量は国守《こくしゅ》の館《やかた》へ呼ばれて滞在数日、無上の面目を施《ほどこ》して出発した。
それから三日目の深夜、怪量は木曾の山中を歩いていた。
突然木立の間から怪しい漢《おとこ》が白刃を手にして躍《おど》り出た。
「坊主、身ぐるみ脱いで失せおろう」
怪量はちらりと対手《あいて》を身[#「身」はママ]ながら衣を脱いでさしだした。
山賊はすぐ衣の首に気が注《つ》いて、その首と怪量の顔を見比べていたが、何と思ったのか飛びしさってひれ伏した。
「仮父《おやぶん》、飛んだ見損ないをいたしました、御勘弁を願います、これこの通りでござります」
怪量は面白そうに山賊を見た。
「何じゃ、どうしたのじゃ、人を裸にしておいて謝る奴があるか」
「いいえ、めっそうもない」
山賊は頭を掻《か》いた。
「こんな度胸のいい仮父衆《おやぶんしゅう》を、ただの乞食坊主と間違えて、穴があったら入りたいくらいでござります、それにしても仮父《おやぶん》、人を殺して、衣の袖へその首を付けて脅《おど》しの道具にするたあ、うまい術《て》もあったものだ、どうでしょう、俺のこの着物へ五両つけて仮父《おやぶん》に差しあげますから、首の附いたその衣を俺に譲ってもらいたいものだが」
「なに、首を譲ってくれ、欲しくばやるが、これは人間の首ではないぞ、妖怪《ばけもの》の首じゃぞ、普通の者では扱いかねる代物じゃが、それでよいか」
「人が悪いや、人を殺して、首を袖につけて、そのうえ人をからかうのだもの、それでは仮父《おやぶん》、この通り、五両と着物をさしあげます、冗談《じょうだん》云わないで、早いとここれで手を打ってくだせえまし」
「そうか、それほどまでに所望《しょもう》なら代えてやろうか、じゃが、五両出して妖怪《ばけもの》の首を欲しがる奴は、天下広しといえども貴様だけだろうよ、自由《かって》にせい」
三
首と衣を手に入れた山賊は、暫くその二品《ふたしな》を資手《もとで》に、木曾街道の旅人を劫《おど》していたが、間もなく諏訪《すわ》の近くへ往《い》って首の由来を聞いた。山賊は青くなった。
「やっぱり坊さんの云ったことが真箇《ほんとう》だったのか、飛んでもない、こんな首を持っていたら、どんな祟りを受けるか判らぬ。せめてこれを体と同体《いっしょ》にしてやって、祟りのないようにしてもらおう」
山賊は話に聞いた山の中へ入って、怪量が泊ったと云う轆轤首の家《うち》を探しているうちに、やっと探しあてたが、其処には轆轤首の体は一つもなかった。
「仕様がない、せめて首だけでも此処へ葬ってやれ、それにしても彼《あ》の坊さんは、妙な坊さんだ、ひょっとしたら、あれは、おれに悪事を止めろっていう、仏のお使いかも判らないな」
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