は棒立になった。其処には行燈《あんどん》の燈《ひ》に照らされて、主人はじめ五つの首のない体がころがっていた。
「はてな、すぐ隣りにいたのに、これは何としたものじゃ」
怪量は四辺《あたり》に用心しながらその傍へ近づいた。そして、一つ一つ首の附根を改めてみた。首は合せ物が離れたように血の痕《あと》もなければ刃物の痕もなかった。怪量の眼が光った。
「轆轤首じゃ、さてはたばかって、わしをおびき寄せたな」
怪量は閃《きっ》となってそれを見据えたが、やがてその眼がきらりと光った。
「うむ、捜神記《そうしんき》か何かで読んだぞ、万一轆轤首の骸《むくろ》を見つけた時、その骸を即刻別の場所へ移しておくがよい、首が骸を移されたのを知れば、恐れ喘《あえ》いで、三たび地を打って死ぬとあったぞ。よし、妖怪《ばけもの》め」
笑《わらい》が怪量の頬にのぼった。やにわに主人《あるじ》の体を抱きあげたかと思うと、窓を開けて谷底へ投げ飛ばした。投げ飛ばして怪量は家の中を見まわした。戸締は皆《みな》中《なか》から厳重に出来ていた。
「さては天窓から出おったか」
怪量はそっと裏口を開けて外へ出た。外の黒々とした杉林の中から話声が聞えて来た。怪量は物陰から物陰を伝ってそれに近づいて往った。
月光の影まばらな林の中には、主人《あるじ》の首をはじめ五つの首が人魂《ひとだま》のように飛び廻っていた。みんな面白そうに笑いながら、地上《じべた》や樹から虫か何かを探して喫《く》っているのであった。
怪量は喰い入るような目で見守っていた。と、主人の首が物を喫うことを止《や》めて他の首を揮《ふ》りかえった。
「そろそろ彼《あ》の坊主を啖《く》いたいものだな、彼奴《あいつ》め、わしの言葉を真に受けやがって、頼みもせぬ経をはじめおった。経を読んでる間は近寄れないが、もう追っつけ黎明《よあけ》に近い、坊主ももう睡ったに相違ない、睡っていたらお前達にも、彼《あ》の太った旨そうな奴を啖わしてやる、何人《たれ》か往って容子を見て来い」
一つの首が合点合点して舞いあがり、蝙蝠《こうもり》のように家の方へ飛んで往ったが、間もなくあわただしく飛び帰って来た。
「大変じゃ、大変じゃ、彼《あ》の坊主の姿が見えませぬぞ、何処かへ往ってしまいましたぞ、いや、そればかりか、大将の体を奪って往ったのか、いくら探しても、大将の体は見えませぬぞ」
主人の髪が逆立った。
「なに、おれの体が見えぬ、さては、やられたか」
主人は歯ががちがちと鳴って、その眼からは涙が出た。
「おれは、もう、元もと通りになることができぬ、此処で死ななければならぬ、よくも、人の体を動かしおったな、乞食坊主め。よし彼の坊主を啖い殺してやる、何処におる、坊主め」
主人の首は空へ舞いあがるなり、恐ろしい形相で四辺《あたり》を睨みまわした。
「おお、其処におる、其処におる、おのれ坊主め、動くな」
ひゅうと風を切って怪量に飛びかかった。それに続いて四つの首も襲いかかった。
怪量は手ごろの松の木を引っこ抜いて、縦横無尽に振りまわした。四つの首はまたたく間に地上へ落ちたが、主人の首だけは落ちずに、いつまでも怪量に飛びかかっていたが、やがて隙を見つけたのか怪量の衣の袖へ啖《く》いついた。怪量はすかさず髷《まげ》を掴んで力一ぱい撲《なぐ》りつけた。首は一声呻くなりぐったりとなってしまった。
怪量はそのまま松の木を提《ひっさ》げて家の内へ入って往った。四つの首はもう体へ帰って、血だらけになって呻き苦しんでいた。
「坊主が来た、坊主が来た」
四人は我さきにと飛びだして、杉林の方へ姿を消してしまった。
その時はもう夜がほのぼの明けていた。怪量は松の木をすてて首を衣の袖から離そうとしたが、首はどうしても離れなかった。怪量は笑った。
「貴様はおれと同伴《いっしょ》におりたいか」
怪量は首を袖へつけたままで山をおり、それから信州の諏訪《すわ》へ出て平気で村から村を托鉢してまわった。
血で汚れた鬼魅《きみ》悪い首を見て女達は逃げ走った。村の騒ぎが大きくなったので、土地の役人が出て来た。
「坊主、その首はどうしたものじゃ」
怪量はにこにこするのみで何も云わなかった。役人達は怪量を不敵な曲者として捕え、翌日|白洲《しらす》へ引き出した。
「売僧《まいす》、その袖の首は、何としたものじゃ、僧侶の身にあるまじき曲事《くせごと》、有体《ありてい》に申せばよし、偽《いつわ》り申すとためにならぬぞ」
怪量は役人を見て笑った。
「いや、これは轆轤首と申す妖怪《ばけもの》の首でござる。これへついておるのは、妖怪の方から勝手に啖《く》いついたまでで、拙僧の知ったことではござらぬ」
怪量は詳しく当時の模様を語《はな》した。時どき自分で可笑《おかし》くなると見
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