ぞ」
 主人の髪が逆立った。
「なに、おれの体が見えぬ、さては、やられたか」
 主人は歯ががちがちと鳴って、その眼からは涙が出た。
「おれは、もう、元もと通りになることができぬ、此処で死ななければならぬ、よくも、人の体を動かしおったな、乞食坊主め。よし彼の坊主を啖い殺してやる、何処におる、坊主め」
 主人の首は空へ舞いあがるなり、恐ろしい形相で四辺《あたり》を睨みまわした。
「おお、其処におる、其処におる、おのれ坊主め、動くな」
 ひゅうと風を切って怪量に飛びかかった。それに続いて四つの首も襲いかかった。
 怪量は手ごろの松の木を引っこ抜いて、縦横無尽に振りまわした。四つの首はまたたく間に地上へ落ちたが、主人の首だけは落ちずに、いつまでも怪量に飛びかかっていたが、やがて隙を見つけたのか怪量の衣の袖へ啖《く》いついた。怪量はすかさず髷《まげ》を掴んで力一ぱい撲《なぐ》りつけた。首は一声呻くなりぐったりとなってしまった。
 怪量はそのまま松の木を提《ひっさ》げて家の内へ入って往った。四つの首はもう体へ帰って、血だらけになって呻き苦しんでいた。
「坊主が来た、坊主が来た」
 四人は我さきにと飛びだして、杉林の方へ姿を消してしまった。
 その時はもう夜がほのぼの明けていた。怪量は松の木をすてて首を衣の袖から離そうとしたが、首はどうしても離れなかった。怪量は笑った。
「貴様はおれと同伴《いっしょ》におりたいか」
 怪量は首を袖へつけたままで山をおり、それから信州の諏訪《すわ》へ出て平気で村から村を托鉢してまわった。
 血で汚れた鬼魅《きみ》悪い首を見て女達は逃げ走った。村の騒ぎが大きくなったので、土地の役人が出て来た。
「坊主、その首はどうしたものじゃ」
 怪量はにこにこするのみで何も云わなかった。役人達は怪量を不敵な曲者として捕え、翌日|白洲《しらす》へ引き出した。
「売僧《まいす》、その袖の首は、何としたものじゃ、僧侶の身にあるまじき曲事《くせごと》、有体《ありてい》に申せばよし、偽《いつわ》り申すとためにならぬぞ」
 怪量は役人を見て笑った。
「いや、これは轆轤首と申す妖怪《ばけもの》の首でござる。これへついておるのは、妖怪の方から勝手に啖《く》いついたまでで、拙僧の知ったことではござらぬ」
 怪量は詳しく当時の模様を語《はな》した。時どき自分で可笑《おかし》くなると見
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