真珠の簾を照らしていた陽の光が薄れて、銀燭が青い焔を吐きだしたところで、青年と仙妃の前には肴饌《ごちそう》が並んだ。それは奢靡《ぜいたく》のかぎりをつくしたもので、何という名のものか口では言うことが能なかった。またその肴を盛ってある器も、皿も盃もみな玉からなっていた。仙妃は青年を促してその卓に着いた。二人が卓に着くと仙妃の侍女達は傍へ来て給仕をした。その侍女達の中にかの老嫗も交っていた。
 侍女達は仙妃と青年に酒を注いだ。青年は不安がないでもなかったが、仙妃の態度が未だ了《おわ》らざる宿縁を続《つ》ぐ以外に何もないように見えるので、注がれるままに酒を飲み、奨《すす》めらるるままに肴を口にした。
「何人《だれ》にも遠慮はいらない、ゆっくりおあがり」
 仙妃は青年の顔を楽しむようにして見ていた。
「は」
 朝夕の食料に不足していた小吏の心は、仙妃よりも山海の珍味の方に往っていた。
「これをおあがり」
 仙妃は青年に肴を取ってやることがあった。
「は」
 青年は象牙の箸と玉の盃をおかなかった。仙妃も酒を飲んで小女《こむすめ》のようにはしゃぐことがあった。
 そのうちに青年は酒にも肴にも飽いて
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