なかった。青年はすぐこんな立派な車を持っている家であるから金があるだろうと思った。
「あの車ですか」
「そうでございます、どうかあれで」
老嫗がもう前《さき》に立って車の傍へ往くので青年も随《つ》いて往った。
「さあ、どうか」
老嫗の言うままに青年が乗ると、老嫗はその後から続いて乗りながらまず昇降口の扉を締め、それから左右の窓の扉を締めた。と、同時に車が動きだした。青年は車は何方《どちら》の方へ往くだろうと思って、見たかったがすっかり扉が締っているので見ることが能《でき》なかった。
「お窮屈でしょうが、すぐでございますから」
青年と並んで腰をかけている老嫗は、微暗い箱の中に黒い若わかしい眼を見せていた。
「どういたしまして」
青年はいい気もちになっていた。車は速かった。車の響は※[#「車+(米/舛)」、第3水準1−92−48]々《りんりん》として絶えなかった。途の曲りではぐらぐらと揺れた。そんな時には青年の体と老嫗の体とがぶっつかった。車の前が高くなって体がのけ反《ぞ》るようになるので、それを要心していると今度は前が低まってきて、前のめりになりそうになる処があった。そこは石橋の
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