さん》が立っていた。老嫗は穏やかなゆとりのある詞《ことば》で言った。
「突然、こんなことを申しましてはすみませんが、私は家に病人があるものでございますが、市へ往って売卜《えきしゃ》にみてもらいますと、若い男の方にお願いして、厭伏《まじない》をしていただくと、きっと良くなると言われました、もし良くなりましたら、きっとお礼をいたします、どうか私の家まで御足労が願えないでしょうか」
 青年の耳にはすぐお礼の詞がひっかかったが、どうして厭伏をして良いか解らなかった。
「厭伏ってどんなことですか」
「なんでもない、ちょいとしたことなのです、家へいらしてくださいますなら、すぐ解ります」
 そんなことで病人が癒せて礼がもらえるなら、この際大いに助かると青年は思った。
「私で能《でき》ることなら、往っても良いのですが」
「それはどうも有難うございます、どうかお願いいたします」
「何方《どちら》ですか」
「すぐですが、車を持っておりますから」
 老嫗はちょっと背後《うしろ》の方を振返って指をさした。そこには一疋の馬を縛《つな》いだ車が置いてあった。それは黒い装飾のない車であったが、普通ありふれたものでは
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