得たことも本当でなくて、矢張り奇怪な神経作用から来た幻覚ではないだらうかと思つた。
何時の間にか彼は今までよりは広い明るい通へ出てゐた。と、彼の気持は軽くなつて来た。彼は女が自分の帰りを待ちかねてゐるだらうと思ひ出した。軽い淡白な気持を持つてゐる小鳥のやうな女が、片肱を突いて机の横に寄りかかつてぢつと耳を傾け、玄関の硝子戸の開く音を聞きながら、自分の帰るのを待つてゐる容が浮んで来た。浮んで来るとともに、今晩先輩に相談した、女と素人屋の二階を借りて同棲しようとしてゐることが思はれて来た。
……(君もどうせ細君を持たなくちやならないから、好い女なら結婚しても好いだらうが、それにしてもあまり疾風迅雷的ぢやないか、)と云つて笑つた先輩の言葉が好い感じをともなふて来た。
職業的な女なら知らないこともないがさうした素人の処女と交渉を持つた経験のない彼は、女の方に特種な事情があつたにしても手もなく女を得たと云ふことが、お伽話を読んでゐるやうな気持がしてならなかつた。
「僕も不思議ですよ、なんだかお伽話を読んでるやうな気がするんです、」と云つた自分の言葉も思ひ出された。彼は藤原君がそんなことを云
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