だらう、お前、もう一度よつく云つてごらんよ、それでまだ強情を張るやうなら、お婆さんを呼んでお出で、お婆さんに薬を飲ませて貰ふから、」
 女中の少年に向つて云ふ声がまた聞えて来た。
「お前さんも、もう私達の云ふことは別つてゐるだらうから、くどいことは云はないが、いくらお前さんが強情張つたつて、奥様にかうと思はれたら、この家は出られないから、それよりか、はいと云つて、奥様のお言葉に従ふが好いんだよ、奥様のお言葉に従へば、この大きなお屋敷で、殿様のやうにして暮せるぢやないかね、なんでもしたいことが出来て、好いぢやないか、悪いことは云はないから、はいとお云ひなさいよ、好いでせう、はいとお云ひなさい、」
 少年は矢張り返事もしなければ顔も動かさなかつた。
「駄目だよ、お婆さんを呼んでお出で、とても駄目だよ、」
 妹の声がすると女中はそのまま室を出て行つた。
 妹はその後をじつと見送つてゐたが女中の姿が見えなくなると少年の後へ廻つて、両手をその肩に軽くかけ何か小さな声で云ひ出したが譲には聞えなかつた。
 女は少年の左の頬の所へ白い顔を持つて行つたがやがて紅い唇を差し出してそれにつけた。少年は死んだ
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