った。
 彼は不審に思った。さっきの女が何故《なぜ》今までこんな処にいるのだろう。それとも己《じぶん》と同じように一人で退屈しているから散歩に来て遊んでいるのだろうか、しかし、あんなにうな垂《だ》れて考え込んでいるところを見ると何か事情があるかも判らない、傍へ寄って往ったら鬼魅《きみ》を悪がるかも判らないが一つ聞いてやろうと思った。で、腰をあげて歩きかけたが、そっと往くのは何か野心があってねらい寄るようで疚《やま》しいので、軽い咳《せき》を一二度しながらいばったように歩いて往った。
 女は咳と跫音《あしおと》に気が注《つ》いてこっちを見た。それはたしかにさきの女であった。女は別に驚きもしないふうですぐ顔をむこうの方へ向けてしまった。彼は茱萸《ぐみ》の枝に衣《きもの》の裾《すそ》を引っかけながらすぐ傍へ往った。女は※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な顔をまたこっちに向けた。
(あなたは、どちらにいらっしゃるのです)
(私、さっきこちらへまいりましたのですよ)
 女が淋しそうに云った。
(それじゃ、宿《やど》にはまだお入りにならないのですね)
(ええ、ちょっと、なんですか
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