できなかった。讓は仰向《あおむ》けに寝かされていたのであった。
女達のなにか云って笑う声が耳元に響いていた。讓は奇怪な圧迫を被《こうむ》っている己《じぶん》の体を意識した。そして、一時間たったのか二時間たったのか、怪しい時間がたったところで、顔を一方にねじ向けられた。
「このばか者、よく見るのだよ、お前さんの好きな野狐を見せてやる」
それは主婦の声であった。讓の眼はぱっちり開《あ》いた。年増が壮《わか》い女の首筋を掴《つか》んで立っていた。それは下宿屋においてあった彼《か》の女であった。讓ははね起きようとしたが動けなかった。讓は激しく体を動かした。
「その野狐をひねって見せておやりよ、その野狐がだいち悪い」
主婦が云うと年増は女の首に両手をかけて強く締めつけた。と、女の姿はみるみる赤茶けた色の獣《けだもの》となった。
「色女《いろおんな》が死ぬるのだよ、悲しくはないかね」
讓の眼前《がんぜん》には永久の闇が来た。女達の笑う声がまた一しきり聞えた。
讓の口元から頬にかけて鬼魅《きみ》悪い暖《あたたか》な舌がべろべろとやって来た。
三島讓と云う高等文官の受験生が、数日海岸の方
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