待っている女のことがちらと浮んだ。讓は起《た》ちあがった。女はもとの椅子に腰をかけていた。
「まあ、まあ、そんなに、お婆さんをお嫌いになるものじゃありませんわ」
 女の艶《なま》めかしい笑顔があった。讓は今|一思《ひとおも》いに出ないとまた暫《しばら》く出られないと思った。
「これで失礼します」
 讓は扉《ドア》のある処へ走るように往って急いで扉を開けて出た。
 廊下には丸髷《まるまげ》に結《ゆ》った年増《としま》の女が立っていて讓を抱き止めるようにした。
「何人《どなた》です、放してください、僕は急いでるのです」
 讓は揮《ふ》り放そうとしたが放れなかった。
「まあ、ちょっとお待ちくださいましよ、お話したいことがございますから」
 讓はしかたなしに立った。そして、彼《か》の女が追って出て来やしないかと思いながら注意したがそんな容《ふう》はなかった。
「すこし、お話したいことがありますから、ちょっとこちらへいらしてくださいよ、ちょっとで好いのですから」
 年増の女は手を緩めたがそれでも前から退《の》かなかった。
「どんなことです、僕は非常に急いでるのですから、こちらの奥さんの止めるのも
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