慮はいらないのですよ」
讓は上へあげられたりしては困ると思った。
「僕はここにおりますから、お入りなさい、あなたがお入りになったら、すぐ帰りますから」
「まあ、ちょっと姉に会ってください、お手間はとらせませんから」
「すこし、僕は用事がありますから」
「でも、ちょっとならよろしゅうございましょう」
女はそう云って玄関の方へ歩いて往って、花のさがっている木の傍をよけるようにして往った。讓は困って立っていた。
家の内へ向けて何か云う女の声が聞えて来た。讓はその声を聞きながら秋になっても草の青あおとしている庭の容《さま》に心をやっていた。
艶《なまめ》かしい女の声が聞えて来た。讓は女の姉さんと云う人であろうかと思って顔をあげた。内玄関《うちげんかん》と思われる方の格子戸《こうしど》が開《あ》いて銀色の燈《ひ》の光が明るく見え、その光を背にして昇口《あがりぐち》に立った背の高い女と、格子戸の処に立っている彼《か》の女を近ぢかと見せていた。
讓はあんなに玄関が遠くの方に見えていたのは、眼のせいであったろうと思った。彼はまた電燈の笠のくるくる廻《まわ》ったことを思いだして、今晩はどうかし
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