は児はいなかった。何か児の身に変ったことがあったのではないかと思って注意したが、べつに変ったこともないので、何人《だれ》か慈悲深い人に拾われて往ったのか、それとも女が伴れて往ったのかと思った。女が伴れて往ったとしたら何処へ伴れて往ったろう。
 廷章の足はいつの間にか晋陽の城市の方へ向いていた。晋陽の城門はとうに開いていた。城門を出入する人びとの頭の上を低く燕が飜っていた。廷章は城門を入って往った。其処は晋陽の大街《おおどおり》で金色の招牌《かんばん》を掲げた商店が両側に並んでいた。廷章はその大街を暫く往って右に折れ曲った。其処に南三復の家があって数多《たくさん》の人が朝陽を浴びてその前に集まっていた。
 廷章はその人群の中へ往った。其処には児を抱いた若い女が児と同時《いっしょ》に死んでいるのを、晋陽の府廨《やくしょ》から来た吏《やくにん》が検案《けんあん》しているところであった。廷章は狂気《きちがい》のようになって叫んだ。
「ええそれは、南三復の羅刹《おに》に殺されました、南三復が殺しました」
 吏の一人はそれを遮った。
「なにを申す、めったなことを申してはならんぞ、この女と児は、その
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