したが、南は依然として詞を曖昧にして応じなかった。廷章は怒って児を棄てた。
 女はその夜家を出て児を探しに往った。児は星の下で仔犬のうなるような声をして泣いていた。女は児を抱いて南の家へ往った。
「どうか旦那に逢わしてください」
 ※[#「門<昏」、第3水準1−93−52]者《もんばん》は児を抱いた若い女の来たことを取りついだ。南は逢わなかった。南はその夜門の外で女と児の啼く声を徹宵《よっぴて》聞いたが、黎明《よあけ》比《ごろ》からぱったり聞えなくなった。
 朝になって南は門口へ出た。門口には児をひしと抱いた女が、その児と二人で冷たくなっていた。

 廷章は女のいないのに気が注いて、驚いて室の中から家の周囲を探したが、何処にもその姿は見えなかった。廷章は自分のしうちがあまり残酷であったと思って後悔すると共に、女に万一のことがあってはならないと思って、はらはらしながら家を出て探しに往った。
 それはもう暁《よあけ》であった。歩いているうちに女はもしかすると棄てた児に心を牽《ひ》かれて探しに往ったのではあるまいかと思いだした。廷章は村はずれの児を棄てた場処へ足を向けた。
 児を棄てた場処に
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