晋陽の某《ある》大家へ出入している媒婆《ばいば》があって、それが某日南の家へきた。
「あなたは、あのお嬢さんと結婚なされては如何です」
 その女の美しいということは南も聞いていた。
「そうですね」
「彼処の旦那様が、あなたのことをほめていらっしゃいますから、あなたが結婚なさる腹なら、すぐ纏《まとま》りますが」
「そうですね」
「お嬢さんは美しいかたですし、お金はどっさりありますし」
 なるほどその大家には巨万の富があった。南の心は動いた。
「それじゃ、纏めてもらいましょうか」
 媒婆が帰った後で南はまた廷章の家へ往った。
 女は南に云った。
「早く結婚してよ、わたし体の具合がすこしへんよ」
 女は妊娠していたのであった。南はその日かぎり女の許《もと》へ往かないようになった。
 南に棄てられた女は一人で苦しんでいた。女の体の異状は外見にも解るようになった。廷章は驚いて女をせめた。女は南との関係を話した。廷章はやや安心して人を南の許へやって女を引き取らそうとした。南は詞《ことば》を左右にしてしっかりした返事をしなかった。そのうちに女は分娩した。廷章はどうしても女と児を引き取らそうと
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