り少女は顔を出さなかった。
 そのうちに雨が止んで微陽《うすび》が射した。雨の止んだのにいつまでもいるわけにいかなかった。南は詮方《しかた》なしに帰ってきた。
 翌日になって南は、粟《たべもの》と帛《たんもの》を持って廷章の家へ往った。南はそうして少女の顔を待っていたが少女は出てこなかった。南は失望して帰ってきた。
 南は少女を忘れることができなかった。その翌翌日、南は酒と肴を持ってまた廷章の家へ往った。廷章は南のそうするのは賤しい身分の者にも隔てをおかない有徳な人となりの致すところだと思って酷く感激した。
「どうか一度|児《こども》に逢ってやってくださいませ」
 廷章はかの少女を伴れてきた。少女は父親の背後《うしろ》に顔をふせていた。
 南はこうして紹介せられておれば、手に入れることはぞうさもないと思った。南が口を利こうとしたところで、少女は赧《あか》くなっている顔をちらと見せておじぎするなり逃げるように出て往った。
 廷章の家は廷章と少女の二人|生活《ぐらし》であった。南はまた少女の顔を待っていた。間もなく少女の顔は次の室の入口に見えた。南は眼で笑ってみせた。少女は顔をそむけて一方
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