廷章の姿がふいと映った。自分を尊敬していることは知っていても酒まで出すとは思わなかった南は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。南の眼はそれから廷章の入ってきた次の室の入口の方へ往った。入口には料理を手伝っていたらしい少女が縦半身を見せていた。それは粗末な服装《なり》はしているが、十五六の顔の輪廓の整《ととの》った美しい女《むすめ》であった。南はその顔を見のがさなかった。
「お口にあいますまいが、お一つ」
廷章に杯をさされて南はどぎまぎした。城市《みやこ》の世家の来訪を家の面目として歓待している愚直な農民には、南のそうしたたわけた態度などは眼に入らなかった。
「これは、どうも」
肴には鶏の雛を煮てあった。
「どうか、お肴を」
南は気が注《つ》いて箸を持ったが、肴の味もその肴が何であるかということも解らなかった。
「これは結構だ」
南は廷章の隙を見てまた次の室の入口の方を見た。其処には此方を窃《ぬす》み見するようにしている少女の眼があった。少女は惶《あわ》てて往ってしまった。南は廷章に覚られないように杯を持って、再び現れてくる少女の顔を待っていたが、それっき
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