入りくださいませ、いけませんお天気でございます」
 南は主人の後から室《へや》の中へ入った。其処は斗《ます》のような狭い室であった。
「ちょっと掃除をいたします」
 主人は急いで箒《ほうき》を持って室の中を掃いた。南は主人が自分を尊敬してくれるので悪い心地《きもち》はしなかった。
「どうか、かまわないでください、すぐ失礼しますから」
「どうかごゆっくりなすってくださいませ、こんな陋《きたな》い処でございますが」
 主人は次の室へ往って茶を持ってきた。陋いので坐るのを躊躇していた南も坐らない訳にゆかなかった。
「では、失礼します」と言って坐った南は、主人の名が知りたくなったので、「厄介になって、名を知らなくちゃいけないが、あなたの名は、何というのです」
「わたくしでございますか、わたくしは、廷章《ていしょう》と申します、姓は竇《とう》でございます」
 主人の廷章はまた次の室へ往ったが、其処で何を為《し》はじめたのかことことという音がしだした。その物音に交って人声も細ぼそと聞えてきたが、窓の外の雨脚に注意を向けている南の耳には入らなかった。その南の雨に注意を向けている眼に酒と肴を運んできた
前へ 次へ
全26ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング