父親は、眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]った。「こりゃ、家の女じゃない、家の女は何処へ往ったのだ」
南は驚いて新人の方を見た。新人は正面に南の方を見ていた。それは今まで見ていた悲しそうな新人の顔でなくて、輪廓の整った廷章の女の顔であった。南は頭ががんとなって気を失った。同時に怪しい新人は朽木を倒すようにどたりと床の上に倒れた。
「大変です、大変です、奥様が大変です」
新人の父親が締めかけにしてあった室の扉を蹴開くようにして入ってきた者があった。それは新人に随ってきている婢《じょちゅう》の一人であった。
「奥様が、ど、どうした」
「奥様が桃の樹で大変です」
新人の父親はいきなり駈けだした。
婢はその後から随って往った。戸外《そと》には霧のような雨が降っていた。庭へおりると婢が前《さき》にたって後園の方へ往った。其処には桃園《ももぞの》があって、青葉の葉陰に小さな実の見えるその樹の一株に青い紐を懸けて縊死《いし》している者があった。それは新人であった。
南は喚びさまされてやっと正気づいた。南は起きあがりながら見のこした夢の跡を追うように前を見た。其処には廷章の女の冷
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