南はそれに嫉妬を感じた。それは女がこんなにするのは他に関係していた男があって、それと別れたのでそれで悲しんでいるのではないかという疑いからであった。
「なぜ、そんなにする、何人かに逢いたいのじゃない」
「そ、そ、そんな、ことが」
 新人は酷く惶てたようにした。それは秘密を見知られた時にでもするような惶て方であった。南はてっきりそうだと思った。
「…………」
 南がまた何か言いかけたところで、室の外で声がした。
「お客様でございます」
 それは南の家に久しくいる媼《ばあや》であった。南はその来客の何者であるかということを考えるよりも、こうした閨閣《けいごう》の中へ遠慮もなく入ってくる客の礼儀を弁《わきま》えない行為に対して神経を尖らした。と、一方の扉が開いて外の人がずかずかと入ってきた。それは新人の父親であった。
「これは、お父様ですか」
 岳父《しゅうと》のくる時期でもないし、それに前触れもなかったので南は思いもよらなかった。南はあたふたと起って迎えた。
「なにね、これが来てから夢見が悪いものだから、心配になってね、べつに変ったこともないようだね」と言って、南にやっていた眼を女に移した
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