「ないさ、纏まりそうかね」
「こんなことがなかったら、とうに纏まっておりますよ、いつもわたしが申しますように、先方ではあなたのことをほめていらっしゃいますし、お嬢様もすすんでおりますから」
 その夜のことであった。南と女を結婚させてもいいと思っている大家の主人は、自分の室で簿書《ちょうめん》を開けて計算をしていたが、ものの気配がするので顔をあげた。頭髪《かみのけ》を解いて両肩のあたりに垂らした小柄な女が嬰児《あかんぼ》を抱いて前に立っていた。
「お前は何人だ」
 女は首を垂れているので顔は見えなかった。
「賤しいものでございますから、名を申しあげてもお解りになりますまい」
「なにしに来た」
「当方《こちら》のお嬢さんを南三復の奥さんになされようとしておりますから、それであがりました、どうか南三復の奥さんになさらないようにしてくださいまし、そうでないと、お嬢さんの生命を奪らなくては、ならないようになりますから」
 主人は驚いて逃げようとした。主人は卓に凭《もた》れてうたたねをしていたのであった。朝になったところで、媒婆が来た。
「旦那様、南さんに昨日逢ってまいりましたが、やっぱりわたしが
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