人どおりの絶えている時、孔生がその家の前を通っていると、一人の少年が出てきたが、その風采がいかにもあかぬけがしていた。少年は孔生を見ると趨《はし》ってきてお辞儀をした。孔生もお辞儀をして、
「ひどく降るじゃありませんか」
と言うと、少年は、
「どうかすこしお入りください」
と言った。孔生は少年の態度が気にいったので自分から進んで従《つ》いて入った。
家はそれほど広くはなかったが、室《へや》という室にはそれぞれ錦の幕を懸《か》けて、壁の上には古人の書画を多く掲げてあった。案《つくえ》の上に一冊の書物があって標題を瑯環瑣記《ろうかんさき》としてあった。開けて読んでみると今まで見た事のないものであった。孔生はその時少年の身分のことを考えて、単の[#「単の」は底本では「単に」]邸宅にいるからその主人であろうと思ったが、それがどうした閲歴の者であるかということは解らなかった。と、その時少年が、
「あなたは、どうした方《かた》です」
と言って孔生の来歴を訊いた。孔生がその事情を話すと少年は気の毒がって、
「では、塾を開いて生徒に教えたらどうです」
と言った。孔生はため息をして言った。
「
前へ
次へ
全18ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング