して入ってきて貴婦人の傍へ腰をかけた。貴婦人は外甥女の肩に手をかけた。
「お前は今日から、この方の奥さんにしていただくことになりましたから、よく気をつけて、嫌われないようにしなくてはなりません」
崔は女と夫婦になって夢のような燕楽《えんらく》の日を送った。崔が酒に飽いて窓に凭《よ》って立っていると、貴婦人がきた。
「賭をしようじゃありませんか」
二人は双六《すごろく》の盤に向った。
「何を賭にいたしましょう」
崔は長安で買った紅箱を六つ七つ持っていた。崔は言った。
「私は紅箱があります」
貴婦人は言った。
「私は玉の指環があります」
二人は双六の骰子《さい》を手にした。
「私が勝ちました」
崔の紅箱の一つはまず貴婦人の手に渡った。崔の双六は拙《まず》かった。
「また私が勝ちました」
今度はやっと崔の勝になった。
「やっと勝ちました、指環をいただきましょうか」
崔は笑いながら貴婦人の手から指環をもらった。
「ではまた、紅箱を戴きましょうか」
貴婦人は笑って手を出した。
崔と女と貴婦人の三人が酒を飲んでいた。と、何処かで幽《かすか》な物の音がしはじめた。女も貴婦人も顔の色を変えた。同時に家の中が騒がしくなった。
「賊が来た、賊が来た」
女が立ってきて崔の手を掴んだ。
「どうか、あっちへ往って、隠れてください」
崔は女に伴《つ》れられて室を出て往った。女がいそがしそうに小さな門を開けた。崔は門を出て後を見た。女の姿も見えなければ出たと思った門もなかった。崔は驚いて眼を瞠った。自個は微暗《うすぐら》い穴の中に寝ていたがそこには草が生えていた。
崔は驚いて起きて穴の中を出た。外は林で椿のような花が淋しく咲いていた。崔は足の向くままに歩いて往った。一人の男が鍬を持って土の盛りあがった処を掘っていた。それは自個の僕であった。僕は喜んで鍬の手を止めた。
「おお、旦那様か、貴君は一体どうなさいました」
崔は自個のことが自個で判らなかった。
「旦那様が、ここへ来て急に見えなくなりましたから、不思議に思って、ここを掘ってるところでございます」
そこは大きな塚穴の口であった。
崔と僕はその塚穴を掘ってみた。中に石があってそれに刻んだ文字があった。
「後周趙王《こうしゅうちょうおう》の女《じょ》玉姨《ぎょくい》の墓、平生王氏の外甥《がいせい》を憐重す、外
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