た。
「とんだ御厄介をかけまして、ありがとうございます、すぐ傍でございますから、ちょっとお立ち寄りを願います」
 崔は女に眼を引かれていた。崔はそのまま帰りたくはなかった。一行は前へ往った。林のはずれがきた。年とった青い着物を着た婢が一人立っていた。年とった婢は崔の傍へ来た。
「お嬢様が御厄介をかけまして、なんともお礼の申しようもございません、今晩お酒宴《さかもり》をしておりますうちに、興にまかせて、お歩きになったために、こんなことになりました、お陰様でお怪我もせずにすみました、奥様がどんなにお喜びになるか判りません、お立ち寄りを願います」
 十丁あまりも往くとまた林がきた。林の入口に別荘風の家が見えて、そのまわりに桃と李《すもも》の花が一面に咲いていた。暖かな風が吹いて花の香を送ってきた。
 門口にもまた五六人の婢が立っていた。婢の群は若い女を馬からおろして入って往った。崔も馬からおりて僕《げなん》といっしょにそれぞれ自個《じぶん》の乗っていた馬を傍の花の木に繋いだ。林のはずれに立っていた婢が若い二三人の婢といっしょに引返してきた。
「奥様が大変な喜びでございます、どうかお入りくださいまし」
 崔は僕を残しておいて年とった婢に導かれて家の中へ入った。広い清らかな室《へや》があって酒や肴がかまえてあった。室の隅には四十前後の貴婦人が腰をかけていた。貴婦人は崔を見ると起《た》ってきた。
「よくいらしてくださいました」
 貴婦人は崔に向ってしとやかに礼をした。崔もうやうやしく礼を返した。
「外甥女《めい》が御厄介になりまして、ありがとうございます、何もありませんが、お一つ差しあげとうございます、さあ、どうぞ」
 貴婦人は崔を席に著《つ》かした。若い婢が十人位来て崔に酒を勧めた。崔は豪傑の性《たち》であった。彼は勧められるままに飲んで陶然として酔うた。
 貴婦人は崔と向き合ってお愛想に盃を持っていた。貴婦人の白い頬も赤味を帯びていた。貴婦人と崔との間は親しくなっていた。
「さっき御厄介をかけた外甥女を、貴君《あなた》の奥さんに差しあげたいと思いますが、如何でございましょう」
 崔はほがらかな気もちになっていた。
「そうですな、いただきましょう」
 貴婦人は年とった婢に言いつけてかの女を呼びにやった。崔は微笑しながらまた数杯の酒を飲んだ。
 女が綺麗に着飾って恥しそうな顔を
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