悲しいことはなかった。村を出て歩きながらも一度連城を見たいと思った。遥かに目をやると西北の方に一つの道があって、たくさんの人が蟻のようにいっているのが見えた。そこで喬はその方へいってその人達の中に交って歩いた。
 不意に一つの官署へ来た。喬はその中へ入っていった。そこに顧《こ》生がいてばったりいきあった。顧は驚いて訊《き》いた。
「君はどうしてここへ来たのだ。」
 そこで顧は喬の手を把《と》って送って帰そうとした。喬は太い息をして、心にあることをいおうとしていると、顧がいった。
「僕はここで文書をつかさどってるが、ひどく信用されているのだ。もし僕がしていいことがあるなら、なんでもするよ。」
 喬は連城のことを訊いた。顧はそこで喬を伴《つ》れてあっちへ廻りこっちへ廻りしていった。連城が白衣を着た一人の女と目のふちを青黒く泣き脹らして廊下の隅に坐っていた。連城は喬の来るのを見ると、にわかに起ちあがってひどく喜んだふうで、
「どうしてここへいらしたのです。」
 といった。喬はいった。
「あなたが死んだのに、僕がどうして生きていれられるのです。」
 連城は泣いた。
「すみません。私を棄《す》て
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