ないで、私に殉《じゅん》じてくださるとは、あなたは何という義に厚い方でしょう。しかし、今世ではどうすることもできないのですから、どうか来世をちかってください。」
 喬は顧の方を見ていった。
「君は仕事があるだろうからいってくれたまえ。僕は死ぬるのが楽しみで、生きたいとは思わないから。ただ君に頼みたいのは、連城が来世にどこへ生れるということと、僕もゆくゆくそこへいけるようにしてもらいたいことだけだ。」
 顧は承知していってしまった。白衣を着ている女は、連城に喬のことを訊いた。
「この方は、どうした方です。」
 そこで連城は喬のことを精しく話した。女はそれを聞いていかにも悲しくてたまらないという容《さま》をした。連城は喬にいった。
「この方は私と同姓で、賓娘《ひんじょう》さんというのです。長沙の史太守《したいしゅ》の女《むすめ》さんです。来る時|路《みち》が一緒でしたから、とうとう二人でこうして仲好くしているのです。」
 喬は女の方をきっと見たが、そのさまがいかにもいたわしかったから、そこで精《くわ》しく女の身の上を訊こうとしていると、顧がもう引返して来た。顧は喬に向っていった。
「僕が君のために、いいようにして来た。それから連城の方も君と一緒に魂を返すことにしたのだが、どうだね。」
 喬と連城とは喜んで、顧を拝んで別れようとした。賓娘は大声をあげて泣いた。
「姉さんがいって、私はどこへいくのです。どうか私もたすけてください。私は姉さんの侍女になるのですから。」
 連城は女がいたましかったが、どうすることもできなかった。連城はそこで喬に相談をした。喬はまた顧に頼んだ。顧はとてもできないときっぱりいいきった。喬は強いてそれを頼んだ。そこで顧は、
「それじゃ、せんぎをしてみよう。」
 といっていってしまったが、食事する位の時間をおいて返って来て、手をふっていった。
「これは、もう、どうにもしょうがないのだ。」
 賓娘はそれを聞くとあまえるように泣いて、連城の肘《て》にすがり、連城にいかれるのを恐れるのであった。それは惨憺《さんたん》たるものであったが、他にどうすることもできないので、顔を見合わしたままで黙っていた。しかも女の悲しそうな顔といたましい姿《すがた》とは、人をしてその肺腑を苦しましめるものがあった。顧は憤然《ふんぜん》としていった。
「どうか、賓娘を伴《つ》れてい
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