いるのか聞くことができなかった。と、見ると山車の上に笑い声をする者があった。それは青い着物を着た下役人であった。下役人は大声で彼の男に向って芝居をせよといいつけた。彼の男は何の芝居をしようかと訊いた。官人達は顔を見あわして三言四言いった。そこで下役人が、
「お前は何が得意か。」
と訊いた。彼の男は、
「何もない所から物を取ってくることができます。」
といった。下役人はそこで官人に申しあげた。と、しばらくして命《めい》がくだった。下役人は彼《か》の男に向っていった。
「桃を取ってまいれ。」
彼の男は承知して、衣《うわぎ》をぬいで笥《はこ》の上にかけ、物を怨むような所作《しょさ》をしていった。
「お役人様は、物がわからない。こんな氷の張っている時に、どこに桃があるだろう。しかし、また取らなければ怒りに触れる。さて、どうしたらいいかなァ。」
すると彼の伴れている子供がいった。
「お父さんは、もう承知したじゃないか。今更できないとはいわれないだろう。」
彼の男は困ってなげくような所作をしていて、やや暫くしていった。
「よし、思いついた。この春の雪の積んでいる時に、人間世界にどこに桃が
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