梯《はしご》をかけて門の中に入れて扉をことことと叩かした。桑はちょっと窺《のぞ》いて、
「どなた」
と言って訊いた。妓は、
「私は迷って出てきたものでございます」
と言った。桑はひどく懼《おそ》れて歯の根もあわずにわなわなと顫えた。妓もそれを見てあとしざりして帰って往った。隣の男は翌朝早く桑の斎《へや》へ往った。
「ゆうべはたいへんなことがあったよ」
と言って、この世の女でない女の来たことを話して、
「僕はもう帰ろうと思ってるのだ」
と言った。隣の男は手をうって言った。
「なぜ門を開けて納れなかったのかい、女なら納れるはずだったじゃないか」
桑はそこで友達の悪戯《いたずら》であったということを悟った。で、安心して帰ることをよした。
半年してのことであった。ある夜、室《へや》の扉を叩くものがあった。
「もし、もし」
それは女の声であった。桑はまた友人の悪戯だろうと思ったので扉を開けて入れた。それは綺麗な若い女であった。桑は驚いて訊いた。
「君は何人《だれ》だね」
「私、蓮香《れんこう》と申しますの、この西の方にいる妓《こども》なのです」
そこの紅花埠には青楼が多かったので
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