湯あみをし頭髪を結って母を見た。見る者がその顔をじっと見詰めて驚いた。
蓮香は燕児の不思議を聞いて、桑に勧めて媒《なこうど》をたのんで結婚させようとしたが、桑は貧富の懸隔《けんかく》が甚しいのですぐ蓮香の言葉に従うことができなかった。ちょうどその時、燕児の母の誕生日になった。桑はその小児の婿の往くに従《つ》いて往ってお祝いをした。母親は来客の中に桑の名あるを見てためしに燕児に言いつけて簾の間から窺いていて桑を見わけさした。
桑は最後に往った。燕児はにわかに走り出て桑の袂をつかまえていっしょに帰ろうと言いだした。母親が叱ったのではじめてはじて入って往った。桑はその女をつくづく見るに婉然たる李であったから覚えず涙を流した。そこで母親の前に這いつくばってしまった。母親は桑を扶け起して侮らなかった。
母親は自分の兄弟に媒を頼んで、吉《よ》い日を選んで桑を入婿にしようとした。桑は家へ帰って蓮香に知らして燕児と結婚することについて相談した。蓮香はかなしそうな顔をして聞いていたが、やや暫くして別れて帰ると言いだした。桑は駭いて理由を訊いた。桑は涙を流していた。蓮香は言った。
「あなたが、入婿になって、人の家へ往って婚礼するのに、私はどうして従いて往けましょう」
そこで桑は故郷へ帰って燕児を迎えることにしたので、蓮香も承知した。桑はそこで章へ往ってその事情を話した。章の家では桑に細君のあるのを聞いて、怒って燕児をせめたが、燕児が力《つと》めてとりなしたので桑のねがいのようになった。
その日になって桑は自分で燕児を迎えに往った。時日がすくなかったので家の中の設備ができていなかったが、新婦を伴れて帰ってみると、門から座敷に到るまで一めんに毛氈を敷きつめて、たくさんの蝋燭を点け、燦然として錦を張ったようになっていた。蓮香は新婦を扶けて式場に入った。その花嫁の顔にかける搭面をかけた容《かたち》までが李そっくりであった。
蓮香は合※[#「丞/己」、125−11]《ごうきん》の礼をあげる席にいっしょにいて、燕児の李に還魂《かんこん》の不思議なことを訊いた。燕児は言った。
「あの日、くさくさしていられないうえに、私の身分が違っているので、自分で体の穢《けがれ》が厭でたまらず、腹が立って墓にも帰らないで、風のまにまに往っているうちにも、生きた人が羨ましくってしかたがなかったのです、そし
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