はまた次の丸薬を出したが、それは自分が嘗めてから桑の口に納れた。桑は腹の中が火のように熱して、精神のいきいきとしてくるのを覚えた。蓮香は言った。
「これで癒った」
李は※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《とり》の鳴くのを聴いて※[#「にんべん+方」、第3水準1−14−10]※[#「にんべん+皇」、120−17]《ほうこう》として帰って往った。蓮香は桑の病後の体を養うには物を食べさせないようにしなくてはいけないので、桑が故郷へ帰ったように見せかけて、桑の友達をこさせないようにしながら、夜も昼も桑の傍にいて看護した。李も毎晩来て手助けをしながら蓮香に姉のように事《つか》えた。蓮香もまた李をいたわってやった。
桑は三箇月してもとのとおりの体になった。李は三四日おきにしかこないようになった。たまにくることがあってもちょっと桑を見ただけで帰って往った。いっしょにいてもさえない顔をしていた。蓮香はいつも留めていっしょに寝ようとしたが肯《き》かなかった。ある時桑は李の帰ろうとするのを追って往って抱きかかえて帰ってきたが、それは葬式の時に用いる茅《かや》で作った人形のように軽かった。李は逃げることができないので、とうとう着物を着たままに寝たが、その体をかがめると二尺にもたりなかった。蓮香はますます憐《あわれ》んだ。そして桑が眼を覚ました時には李はもういなかった。
後、十日あまりになったが李は再びこなかった。桑は李に逢いたいがこないので、いつも履を出して弄った。蓮香は言った。
「ほんとうに綺麗な方ですわ、女の私が見てさえ可愛いのですもの、男の方は、ね、え」
桑は、
「せんには履を弄るとすぐ来たから、疑うことは疑っていたものの、鬼ということは思わなかったよ、今、履を見てその容《さま》を思うことは、ほんとに堪えられないね」
と言って涙を流した。
その時紅花埠に章という富豪があった。十五になる燕児《えんじ》という字《おさなな》の女があって、結婚もせずに歿くなったが、一晩して生きかえり、起きて四辺を見たのち奔《はし》り出ようとした。女の父親があわてて扉を閉めて出さなかった。女は言った。
「私は通判の女の魂ですよ、桑さんに愛せられているのです、だからあすこに私の履が遺してあります、私はほんとうに鬼ですよ、私をたてこめたって何の益にもなりません」
女の父親はその言葉によりど
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