蓮花公主
蒲松齢
田中貢太郎訳
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)膠州《こうしゅう》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)四座|方《まさ》に
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「馬+付」、第4水準2−92−84]馬《ふば》
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膠州《こうしゅう》の竇旭《とうきょく》は幼な名を暁暉《ぎょうき》といっていた。ある日昼寝をしていると、一人の褐色《かっしょく》の衣を着た男が榻《ねだい》の前に来たが、おずおずしてこっちを見たり後を見たりして、何かいいたいことでもあるようであった。竇《とう》は訊いた。
「何か御用ですか。」
褐衣《かつい》の人はいった。
「殿様から御招待にあがりました。」
竇は訊いた。
「殿様とはどんな方です。」
褐衣の人はいった。
「すぐ近くにおられます。」
竇はそれについていった。褐衣の人はぐるりと路を変えて、牆《へい》をめぐらした家の旁を通って案内していった。楼閣の建ち並んでいる処があった。褐衣の人はそこを折れ曲っていった。そこにはたくさんの人家が軒を並べていたが、どうしてもこの世の中のものではなかった。そこにはまた宮廷に事《つか》えている官吏や女官などがたくさん往来していたが、皆、褐衣の人に向って訊いた。
「竇さんは見えましたか。」
褐衣の人は一いち頷《うなず》いた。不意に一人の貴い官にいる人が出て来て、竇を迎えたがひどく恭《うやうや》しかった。そして堂にあがって竇はいった。
「もともとお目みえしたことがないから、拝謁しておりませんのに、どうした間違いかお迎えを受けましたが、私にはその故《わけ》が解りかねます」
貴い官にいる人はいった。
「王様が先生が清族で、そのうえ代代徳望のあるのをなつかしく思われて、一度お目にかかってお話したいと申しますから、御足労を煩わしたしだいです。」
竇はますます駭《おどろ》いて訊いた。
「王はどうした方です。」
貴い官にいる人はいった。
「暫くすると自然にお解りになります。」
間もなく二人の女官が来て、二つの旌《はた》を持って竇を案内していった。立派な門を入っていくと殿上に王がいた。王は竇の入って来るのを見ると階段をおりて出迎えて、賓主《ひんしゅ》の礼を行った。礼がおわると席についた。そこには饗宴の筵《せき》が設けてあった。殿上の扁額《へんがく》を見ると桂府《けいふ》としてあった。竇は恐縮してしまって何もいうことができなかった。王はいった。
「お隣になっておるから御縁が深い。どうかゆっくりうちくつろいでくださるように。」
竇は王のいうなりになって酒を飲んだ。酒が三、四まわると笙歌《しょうか》が下から聞えて来たが、鉦《かね》や鼓《つづみ》は鳴らさなかった。その笙歌の声も小さくかすかであった。やや暫くして王は左右を顧みて、
「朕《ちん》が一言いうから、その方達に対句《ついく》をしてもらおう。」
といって一聯の句を口にした。
「才人桂府に登る、四座|方《まさ》に思う。」
竇がそこでそれに応じていった。
「君子蓮花を愛す。」
すると王がいった。
「蓮花はすなわち公主の幼な名だ。どうしてこんなに適合したであろう。これはどうしても夙縁《しゅくえん》だ。公主にそう伝えてくれ、どうしても出て来て君子にお目にかからなければならないと。」
暫くたってから珮環《おびだま》の音がちりちりと近くに聞えて、蘭麝《らんじゃ》の香をむんむんとさしながら公主が出て来た。それは十六、七の美しい女であった。王は公主に命じて竇を展拝さしていった。
「これが蓮花です。」
公主はすぐいってしまった。竇は公主を見て心を動かした。彼は黙りこんでじっと考えていた。王は觴《さかずき》をあげて竇に酒を勧めたが、竇の目はその方にいかなかった。王はかすかに竇の気持ちを察したようであった。そこで王がいった。
「子供はもう婚礼させなくてはならないが、ただ世界が違っているのを慚《は》じるのだ。どう思う。」
竇は癡《ばか》のように考えこんでいたので、そこでまたその言葉が聞えなかった。竇の近くにいた侍臣の一人が竇の足をそっと踏んでいった。
「王が觴をあげたが君はまだ見ないですか。王がいわれたが君はまだ聞かないですか。」
竇はぼんやりしていて物を忘れたようであった。そこで気がついてひどく慚じた。席を離れていった。
「臣は優渥《ねんごろ》なお言葉を賜りながら、覚えず酔いすごして、礼儀を失いました。どうかおゆるしくださいますように。」
そして竇が退出しようとすると起っていった。
「君に逢ってから、ひどく好きになった。なぜそんなにあわてて帰られる。君がもういること
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