と思い、またできることなら少女を自分の家の中へ連れて往って、話をしてみたいと思っていたが、その機会を捉えることができなかった。彼は天水の生れで、遊学のために銭塘《せんとう》に来て、この西湖|葛嶺《かつれい》の麓に住んでいる者であった。その隣になった荒廃した地所はもと宋の丞相|賈秋壑《こしゅうがく》が住んでいた所である。源は両親もない妻室《かない》もない独身者の物足りなさと物悩ましさを、その少女に依って充たそうとしていた。
緑の衣裳が荒廃した地所の前に見えた。かの少女が来たのであった。少女はすぐ前へきた。少女の黒い瞳はこっちの方を見ていた。
「あなたは、よくここをお通りになるようですが、何方《どちら》ですか」
源はきまりがわるかった。女の眼は笑った。
「私はすぐあなたのお隣よ、知らないでしょ」
その付近には豪家の邸宅が散在しているので、少女もその一軒に住んでいる者であろうと思ったが、他郷からきている彼にはそれが判らなかった。
「そうですか、私も近頃ここへ来たものですから、何方ですか」
「すぐお隣よ」
少女は近ぢかと寄ってきて笑った。
「では、私の所へも寄っていらっしゃい、お馴染に
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