こへ気絶してしまったのを、ちょうど仲間の者が通りかかって、家へ舁《かつ》いで来て、介抱しましたから、やっと正気になりました。目も、鼻も、口も、何もなくてつるりっとしていたといいますからね。【と、旅人乙の方を向いて】お前さんがこの間話した、子供を斬った傷の話も面白いじゃないか。
旅人乙 そうじゃ、その話をしよう。それは昔だれかに聞いた話だが、【と、煙管の吸殻《すいがら》を吹いて煙管を側へ置きながら蒲留仙の顔を見て】宋城の南店に宿をとっておった男が、夜、月の晩に歩いておりますと、前を老人が歩いてて、月の光で手にしている帳簿のような物を読んでおりますから、お爺《じい》さん、何を読んでおりますかと聞くと、これは婚牘じゃ、お前さん達が婚礼のことを書いてあるというそうです。そして、米市に行ったところで、向うの方からめっかちの嫗《ばあ》さんが、三つ位の女の児を抱いて来ましたが、老人はそれを見ると、あの女の児は君の妻《かない》じゃといいますから、その男はひどく怒って、めっかちの伴《つ》れている子供を妻にしてたまるもんか、けしからんことだといって、伴れている従者にいいつけて、その女の児を殺しにいかしました。従者はいいつけ通り、後からそれをつけていって、人中で女の児の顔を切ってから逃げましたが、後十四年たってその男が高官にのぼったので、刺史をしていた人が娘をくれましたが、その女は綺麗でしたが、平生も眉間《みけん》へ鈿《かんざし》をさげているので、気をつけてみると眉間に傷痕《きずあと》があります、聞きますと、三つの歳に乳母《うば》に抱かれて市中を歩いていて、狂賊に刺されたといいますから、乳母の容貌を聞きますと、めっかちであったといったそうですよ。
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その時いつの間に来たのか葉生が来て、下手の入口を入った[#「入った」は底本では「入つた」]所に立っていたが、いたずらそうな碧眼をぐるぐるやると共に口をだした。
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葉生 そりゃ京兆眉憮《けいちょうびぶ》よ。【葉生は得意そうにして、蒲留仙の前へ来て】先生、今日は、他に何かいい話がありましたか。
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蒲留仙は葉生の胴の方から見あげて、ちらっとその顔を見る。
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蒲留仙 あ
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