あ、君か。
葉生 先生お暑いじゃありませんか。【と、茶の方に眼をやって】早速ですが、お茶を一ついただきますよ。
蒲留仙 いいともおあがり。
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旅人二人は話の腰を折られて不快な顔をして見せたが、それとともに遠い行手を思いだしたように、
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旅人甲 それじゃ、もう出かけようか。
旅人乙 そうじゃ、出かけよう。
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そこで旅人甲は空《から》になった碗を持ち、旅人乙は煙管を持って起って、蒲留仙の前へ行って、それぞれもとの所へ置いた。葉生はもう自分で茶を入れて起ったなりに飲んでいる。
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旅人甲 どうもありがとうございました。
旅人乙 どうも御馳走になりました。
蒲留仙 どうもありがとう、いい話を聞いた。ではお大事に。
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旅人は会釈してから荷物の所へいき、笠を着け、荷物をはじめのようにして出ていく。
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葉生 先生、今の話は、京兆眉憮《けいちょうびぶ》の話でしょう、女の児を刺した話は。
蒲留仙 そうだね、似た話だね。
葉生 あれですよ、【二はい目の茶を入れながら】あの話があちこちに伝わっているまに、あんなになったのですよ。
蒲留仙 しかし、それでもいいよ。人の頭をあちこちと潜っていると、違った味のある話になることがあるからね。君は、また何か面白い話を聞いて来てはいないかね。
葉生 一つ面白い話がありますよ。それを話しに来たのです。
蒲留仙 そうかね、それはありがたい。
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蒲留仙は思いだしたように煙管の雁首の方を膝の上に持って来て、新らしく淡巴菰を詰める。
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葉生 私も淡巴菰をいただきますよ。【急いで茶を飲んでしまって、旅人の持っていた煙管を取って淡巴菰を詰め、それに火をつけて、壷の隣へ行って腰をかけ】先生、昨夜聞いた話ですがね。
蒲留仙 そうかね。
葉生 莱州《らいしゅう》から来た秀才の話ですから、つまらない旅人の話とは違いますがね。
蒲留仙 そりゃそうだろう。
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葉生は淡巴菰をうまそうにすぱすぱ喫《
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