たのじゃないかね」
 海石は笑って言った。
「師匠について小技を習ったまでだ、仙人じゃないよ」
 滄客はその師匠のことを訊いた。海石は言った。
「山石《さんせき》道人だ、だが、僕は、この獣を殺すことができないから、師匠に献上することにする」
 海石はそこで帰ろうとして別れの挨拶をしたところで、袖の中が空になっているのに気がついた。海石は駭いた。
「しまった。しっぽの端《さき》に大きな毛があったのを、まだ抜かなかったから、遁《に》げて往ったのだ」
 一座の者は駭いた。海石は言った。
「首の毛を皆抜いてあるから、人に化けることはできない、ただ獣には化けられる、化けても遠くへは往っていないだろう」
 そこで室の中に入って往って飼ってある猫を見、門を出て往って犬をけしかけたが、それには異状がなかった。豕《ぶた》を飼ってある圏《おり》を啓《あ》けて笑って言った。
「此処にいる」
 滄客は其処に往ってみた。圏の中には豕が一疋多くなっていた。豕は海石の笑声を聞くと、とうとう寝て動かなかった。海石はその耳をつかまえて出た。しっぽに一本の針のような硬《こわ》い白い毛があった。海石がそれを検べて抜こうとし
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