劉海石
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)劉海石《りゅうかいせき》
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「女+息」、第4水準2−5−70]《よめ》
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劉海石《りゅうかいせき》は蒲台《ほだい》の人であった。十四歳の時にその地方に戦乱が起ったので、両親に従《つ》いて浜州《ひんしゅう》に逃げて往って、其処に住んでいたが、その浜州に劉滄客《りゅうそうかく》という者があって、同じ教師について学問をした関係から仲が好くなって、とうとう義兄弟の約束をした。
間もなく海石の両親が亡くなり、海石はその遺骨を奉じて蒲台の故郷へ帰ったので、二人の間の音問《おんもん》は絶えてしまった。
滄客の家は頗る裕《ゆたか》であった。年は四十になったところで二人ある児《こども》のうち、長男の吉というのは、十七歳で邑《ゆう》の名士となり、次男もまた慧《りこう》であった。滄客はそのとき、邑の倪《げい》という家の女《むすめ》を妾にしてひどく愛していたが、半年ばかりして長男が脳の痛む病気になって歿くなった。夫妻はひどくそれを歎いたが、間もなくその妻君も病気になって歿くなった。そして三四箇月したところで、長男の※[#「女+息」、第4水準2−5−70]《よめ》であった女も病気になってこれまた歿くなってしまった。そのうえに婢《じょちゅう》や僕《げなん》もつぎつぎに歿くなったので、滄客は悲しみにたえられなかった。
ある日、つくねんと坐って悲しんでいると、不意に門番がきて、海石が来たといって知らした。滄客は喜んで急いで戸口へ往って迎えてきた。二人はそこで寒いあついの挨拶をしようとした。ところで海石は驚いて言った。
「君は一家族が全滅するが、知らないかね」
滄客はびっくりしたが、海石がどうしてそんなことを言うのかその理由が解らなかった。海石は言った。
「久しく逢わなかったが、君はこの頃、どうもしあわせが悪いようだね」
滄客は泣きながら家の不幸を話した。海石もすすり泣きをしたが、やがて笑って言った。
「しかし、もう僕が来たから大丈夫だ、安心したまえ」
滄客は言った。
「久しく逢わないうちに、医者の修業をしたかね」
海石は言った。
「医者のことは知らない、家相と方位を見ることを、すこし習ったばかりだよ」
滄客は喜んで、そこで家相を見てくれと言った。海石は中へ入って残らず家の内外を観まわったが、そのあとで家族の者を見たいと言いだした。滄客は海石の言うとおり、児、※[#「女+息」、第4水準2−5−70]、婢、妾、家族全体を座敷へ集めて、それに一いち指をさして教えた。滄客の指が妾の倪に往ったところで、海石は仰向いて大声に笑いだしたが暫くその笑声がやまなかった。一座の者は何事だろうと思って不思議がった。と見ると、倪がわなわなと慄えだして顔の色がなくなったが、にわかにその体が縮《すく》んで、二尺あまりになってしまった。海石は文鎮を持ってその首を撃った。その音が缶を打つ音のようであった。海石はそこでその髪をひっつかんで、後脳のところを検べた。三四本の白髪が其処にあった。海石はそれを抜こうとした。女は頸を縮めて啼いて、
「此処を出て往きますから、どうか抜かないでください」
と言った。海石は怒って、
「汝《きさま》はまだ悪い心がうせないのか」
と言って、その白髪を抜いた。白髪を抜くと同時に女は毛の黒い貍のような獣になった。一座の者はひどく駭いた。海石はその獣をつかまえて袖の中に納《い》れ、次男の※[#「女+息」、第4水準2−5−70]の方を向いて言った。
「あなたはひどく毒を受けていらっしゃる、背にかわったことがあるでしょう、見ましょう」
※[#「女+息」、第4水準2−5−70]は羞かしがってどうしても肩ぬぎにならなかった。それを次男が強《し》いてぬがしてみると、背の上に四寸ばかりの白い毛が生えていた。海石は針でその毛を抜きとって言った。
「この毛はもう古くなっているから七日おくれたなら、助からないところでした」
また次男の背を見た。その背にも二寸ばかりの白い毛が生えていた。海石は言った。
「これは、一月あまりすると死ぬところだった」
滄客はそこで婢や僕の背も調べてもらった。海石が言った。
「僕《ぼく》がもしこなかったら、君の一家族は全滅するところだったよ」
滄客は海石の袖の中に納れた獣のことを訊いた。
「それは何だね」
海石は言った。
「狐の類だよ、人の神気を吸うて、不思議なことをする奴なんだから、人の死ぬのを喜ぶのだよ」
滄客が言った。
「久しく逢わなかった間に、君は不思議なことをやりだしたが、君は仙人になっ
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