うだな」
「亡者を抱えて客を騙すなぞとは、そりゃ、小八さんの云いがかりじゃ、私は正道な道を踏んでいる宿屋家業の者じゃ」と、主翁は云った。
「やい、この騙《かたり》奴《め》、よくも、よくも、そんなことが云えたものだ、やい、手前がいくらそんなことを云って、ごまかそうとしたって、乃公《おいら》の方には証人があるぜ」と、小八は怒鳴りつけた。
「どんな証人があるか知らないが、私の方には知らないことじゃ、そんなことより、女を渡してもらいましょうか」
 と、主翁は澄まして云った。
「まだ、そんなことを云いやがる」と、云って小八は起ちあがろうとした。
 老人は小八を制した。
「お前の方に証人があれば、それを伴れて来るが好い」
 小八は出て往って彼の女を伴れて来た。
「家主《おおや》さん、これがその騙りの家に抱えられて、亡者をやっていた奴でさあ、これがいっち証拠だ」
 老人は女に向って云った。
「お前さんは、この御主翁に抱えられて、亡者をやっていなさったかな」
「はい、私は一生を五十両に売られて、亡者になっておりました」と、女は主翁に顔を反けて云った。
「……どうだな、御主翁」と、老人は主翁の顔を見た。
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