許宣は急いで足を洗って舟へ乗った。船頭は水棹《みさお》を張って舟を出し、舳を東へ向けて艪を立てた。
「もし、もし、船頭さん、すみませんが、乗せてってくださいまし」
ふくらみのある女の声がするので許宣は笘の隙から陸の方を見た。背のすらりとした綺麗な女が青い上衣を著た小婢《こおんな》に小さな包みを持たせて雨に濡れて立っていた。
「張さん、乗っけてやろうじゃないか、困ってるじゃないか」
「そうですな、ついでだ、乗っけてやりましょうや」
船頭はまた舟を陸へやった。絹糸のような小雨の舳に降るのが見えた。
「どうもすみません、俄に雨になったものですから……」
艶《なまめ》かしい声がして女達は舟へあがってきた。そして、綺麗な女の顔がもう笘屋根の下にくっきりと見えた。
「どうもすみません、お邪魔をさせていただきます」
女はおちついた物腰であいさつをした。許宣はきまりがわるかった。彼はあわてて女のあいさつに答えながら体を後ろの方へのけた。
「さあ、どうぞ」
女はそのまま入ってきてその膝頭にくっつくようにして坐った。女の体に塗った香料の匂いがほんのりとした。許宣は眩しいので眼を伏せていたが、
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