で勘定をすまして一人になって酒肆を出たが、苦しくない位の酔があって非常に好い気もちであった。彼は夕暮の涼しい風に酒にほてった頬を吹かれて家いえの簷の下を歩いていた。
 一軒の楼屋《にかいや》があってその時窓を開けたが、そのひょうしに何か物が落ちてきてそれが許宣の頭に当った。許宣はむっとしたので叱りつけた。
「この馬鹿者、気を注けろ」
 楼屋の窓には女の顔があった。女は眼を落してじっと許宣の顔を見たが、何か言って引込んだ。許宣が不思議に思っていると、かの女は門口からあたふたと出てきた。それは白娘子であった。
「この妖婦、また来て俺を苦しめようとするのか、今度はもう承知しない、つかまえて引きわたすからそう思え」
 白娘子は眼に笑っていた。
「まあそんなにおっしゃらないで、私の言うことを聞いてくださいよ、二度もあなたをまきぞえにしてすみませんが、あの衣服と扇子は、私の先の夫の持っていたものですよ、決して怪しいものじゃありません、だから疑いが晴れたじゃありませんか」
「それじゃ、俺が王主人の処へ帰った時に、何故いなかったのだ」
「それは、あなたの帰りが遅いものですから、婢と二人であなたを捜しに
前へ 次へ
全50ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング