にも止めなかった。
「もし、もし、ちょっとその扇子を見せてください」
許宣と擦れ違おうとした男がふと立ちどまるとともに、許宣の扇子を持った手を掴んだ。許宣はびっくりしてその男の顔を見た。男は扇子と扇子につけた珊瑚の墜児をじっと見てから叫んだ。
「盗人《どろぼう》、盗人をつかまえたから、皆来てくれ」
許宣はびっくりして分弁《いいわけ》しようとしたがその隙がなかった。彼の体にはもう縄がひしひしと喰いいってきた。彼はその場から府庁に曳かれて往った。
「その方の衣服と扇子は、それで判っておるが、その余の贓物《ぞうぶつ》は、どこへ隠してある、早く言え、言わなければ、拷問にかけるぞ」
許宣は周将仕家の典庫の盗賊にせられていた。
「私の着ている衣服も、持っている扇子も、皆家内がくれたもので、決して盗んだものではありません」
府尹《ふいん》は怒って叱った。
「詐りを言うな、その方がいくら詐っても、その衣服と扇子が確かな証拠だ、それでも家内がくれたというなら、家内を伴れてくる、どこにおる」
「家内は吉利橋の王主人の家におります」
「よし、そうか」
府尹は捕卒に許宣を引き立てて王主人の家へ往かし
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