すれて四辺《あたり》がくすんできた。許宣はおやと思って眼を瞠《みは》った。西湖の西北の空に鼠色の雲が出て、それが陽の光を遮っていた。東南の湖縁の雷峯塔のあるあたりには霧がかかって、その霧の中に塔が浮んだようになっていた。その霧はまだ東に流れて蘇堤《そてい》をぼかしていた。眼の下の孤山は燻銀《いぶしぎん》のくすんだ線を見せていた。どうも雨らしいぞ、と思う間もなく、もう小さな白い雨粒がぽつぽつと落ちてきた。許宣は四聖観の簷下《のきした》へ往って立っていたが、雨はしだいに濃くなってきて、雨隙《あますき》がきそうにも思われなかった。空には薄墨色をした雲が一めんにゆきわたっていた。許宣はしかたなしに鞋《くつ》を脱ぎ襪《くつした》も除って、それをいっしょに縛って腰に著《つ》け、赤脚《はだし》になって四聖観の簷下を離れて走りおりた。
許宣は湖縁から舟を雇うて湧金門《ゆうきんもん》へまで帰るつもりであった。不意の雨に驚いて濡れながら走っている人の姿が、黒い点になってそこここに見えた。湖の中にも小舟が左に右にあたふたと動いていた。それは皆俗に杭州舟と言っている笘《とま》を屋根にした小舟であった。その小
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